看護部長・副看護部長からのメッセージ
- 看護とは尽きるところ優しさだと思う
人に寄り添いながら
優しさを追求したい -
看護部長 梶浦 章弘
限りなく患者に近い看護師。入職後すぐにアルコール病棟に異動してアディクション看護にどっぷりはまり、北海道アルコール看護研究会を立ち上げた。2021年看護部長就任。現在はその熱い想いを人材育成に注ぐ。
1990年入職。
精鋭の揃うアルコール病棟でどんどんその世界にはまっていった
地元の滝川で准看護師資格を取得後、お世話になった病院でいわゆるお礼奉公をした後に知り合いの勧めもあって小樽にやってきました。看護学校に入るのが目的だったので卒業後は地元に帰るつもりで石橋病院に入職、同時に看護学校に進学しました。入職当初は別の病棟に所属していましたが、勉強したいならアルコール病棟がいいよと聞いて異動希望を提出し見事アルコール病棟配属となったわけです。勉強になればいいなと軽い気持ちで異動しましたが、なかなかのスタッフが集まっていました。精鋭ですよね。当時も今もそうなのですが、やはりアルコール依存症の治療というのが当院ではメインで、名誉院長の白坂先生が病棟医でアルコール療法部長でした。今は「仏の白坂」ですが、当時は「鬼の白坂」と呼ばれ厳しく職員を育てていたのでアルコール病棟の先輩たちは、特に仕事のできる人たちが揃っていました。頭の回転が速く、患者さんへの関わりも素晴らしく、これはすごいと感じました。入退院もたくさんあるし、院外研修も多く、様々なことを経験できる病棟に面白味を感じ、どんどんその世界にはまっていきました。当時の患者さんは40~50代が多くものすごいエネルギーがあって、治療場面におけるスタッフワークがとても刺激的で学びが多く、面白かったです。この時の情熱は今もまだ持ち続けています。北海道アルコール看護研究会発足
アルコール依存症はなかなか病態生理を理解し難く、一般的に一人前になるのに2年ぐらいかかると言われています。お前みたいな若造にアル中の事が分かるわけないだろうと患者さんに何度も言われたことで、絶対分かるようになってやると自分の中で火が点きました。自助グループに参加するようになって熱心に勉強しているとだんだん患者さんも認めてくれるようになり、そうなると付き合いがガラっと変わってくるんですよね。そうこうしているうちに実習も終わり卒業を迎え、仕事の面白さは感じつつも親もいるし地元に戻ろうと思っていた際に白坂先生から研修の案内をいただきました。久里浜医療センターで行われる国の研修、いわゆる「久里浜研修」です。全国から集まった仲間たちと研修を受けているうちに、私ともう一人がなんとなくチーム全体を盛り上げていくような役割になり、そこで自分が欲していたものを見つけました。全国レベルでは自分と同じ苦労をしている人たちがたくさんいてそういった人たちと話をできるということはとても有益で、今自分たちに足りないものは同じ思いを吐き出せる場が少なすぎるんだということに気が付きました。こういった場を北海道にも作る必要があると直感的に思い、戻って総看護長に相談したところ、やってみろといろいろな調整をしてくれてその年のうちに第1回目の顔合わせを行うことができたのです。それが未だに続いている北海道アルコール看護研究会です。仲間との集まりを継続する中、世の流れとともにアディクション問題が多様化していきましたから、集まる人たちもどんどん変わってきて、もう自分の生涯プランじゃないですけど、面白すぎて、地元に帰る話はどこかに消えてしまいました。新しい理論や関わり方などが次から次へと出てきて勉強することもたくさんあってアディクションの業界というのが割と脚光を浴びていたような時代で、これは俺が引っ張っていくしかないなというような勝手な自意識でやってきた感じです(笑)。隣の人のことを少しだけ気にしてほしい
当院は、良い言葉で言うと家族的、でしょうか。昔から職員のアイデアをすくい上げる風土がありました。過去には忘年会の際に各部署でなかなか熱の入った演舞を披露したり、病院の屋上でビアガーデンを開いたり、観楓会で夜通し語り合うという時代もありました。そういったことで部署の垣根を越えた共助精神のようなものが生まれたと思うんですよね。そんな時代から居た自分としては、皆さんには、隣の人のことを少しだけ気にして欲しいといつも考えています。ちょっとだけその人のことを気にするっていう空気があればドロップアウトする人を防げたり悩んでいる人を救ってあげられたりできると思うし、それって職場としてとても大事だと思うんですよね。自分たちだけが大変という思いではなくて、隣の人や他部署の人のちょっとしたことに耳を傾けてほしい。一緒に乗り越えていこうという空気があれば組織がうまく循環すると思う。ちょっと気にしてあげる、手を差し伸べてあげる、そういったケアリングの考え方をより浸透させていくことは組織においてはとても重要になると考えています。「いいかげんが良い加減」人に寄り添いながら優しさを追求したい
「いいかげんが良い加減になる」という恩師の言葉が私の精神科における看護観です。臨床現場に居ていつも感じていたのは、関わり過ぎも良くないし、距離が遠すぎるのも良くない、「ほどほど」が大切だということ。しかしこの言葉ってとても難しくて、数値じゃ表せないじゃないですか、いい加減さっていうのは。そこが日々皆が現場で苦労してるところでしょうかね、いい加減のサイズが皆それぞれ違うので。治療者側が前のめりに関わるほど効果的ではないことが多々あるものですが関わっている当人は充実感で満たされている。意外とそうではないところに患者さんはありがたみを感じていたり、回復の芽があったりするわけです。患者さんとの間にある「間主観性」に気付けると看護の質がぐっと上がるわけですが、これが精神科のとても難しいところだと感じています。石橋病院で多くの仲間や様々な患者さんとの出会いを通して、いつの頃からか看護とは尽きるところ優しさだと思うようになりました。看護部長となった今、優しさを追求できる看護部でありたいです。そこにはいろいろな優しさがあり、厳しい中の優しさもあれば、笑い合える優しさもある。看護を展開する上で優しさがベースになっていれば、そのことが回りまわって自分の成長の糧になると思うのです。人に寄り添うというのが石橋病院の看護部に脈々と流れている歴代のテーマですから寄り添い方に優しさを追求し、繊細な感性を育てて行くのが自分のミッションだと思っています。人と関わることを生業にできる、そこに面白味を感じてほしい
教科書上では表せない楽しさというのが、絶対に現場にはあります。それは入職してみないと分からないことだし人っていいなって思うんですね、精神科にいると。リモートやらなんやらっていうこういう時代において人と関わってそれを生業にできるっていうのは面白いんじゃないかなって思います。そうやって仕事で得たことが、私の場合は間違いなく自分の人生観に生きるんですね。だから、自分と家族との関わりにも影響してくるんですよ。スタッフには、学びに対しての様々な可能性を提示して行きたいです。特に子育て中の世代なんかはやはり家庭第一になりますし、それは当然なのですが、家族関係を大切にしつつこんな教育研修だったらやってみようかなっていうように興味を向けるようなネタを提示したい。教育体系を根付かせる、中間層を今以上に厚くしていく、というのが当院の看護部の今後の課題ですかね。組織改革も継続して行っていきます。師長や主任が異動することで現場も空気も変わる。動くことで違う側面が見えて、ケアが単一にならないでいいっていうことがあるかなと感じています。若い頃は新しい言葉だとか新しい治療法だとか、そんなことを知ることが楽しかったわけですが、今は苦楽を共にした師長や主任たちが次の世代を育てている、そんな姿を見るとゾクゾクします、すごいなこいつらって、そんな楽しさです。あまりでしゃばりすぎないように心掛けていますが、困ったときはいつでも相談してください。この現場で働く楽しさを一緒に分かち合いたいです。(感染対策を行った上で、撮影時のみマスクを外しています。)